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 鷺宮と言えば全国の将棋ファンの多くが知っている地名です。昨年亡くなった鷺宮在住の米長邦雄第51期名人が多用し活躍した戦法が「鷺宮定跡」です。同じ鷺宮に住んでいた青野照市九段が考案しました。今もこの戦法の研究を進めている青野九段はその功績で、升田幸三賞を受賞しました。賞に名を残す升田幸三も白鷺在住で、名人、王将などのタイトルを獲得しました。「新手一生」の言葉は将棋ファン以外にも有名です。

 将棋界に限らず鷺宮には多くの文化人が住んでいました。壺井栄、阪田寛夫、阿川弘之などの作家や画家の三岸節子、彫刻家の長谷川昂…。多くの芸術家、学者などがこのまちに住み、作品を世に出しました。そう考えると、住み慣れた我がまちの表情が違って見えてくるような気がします。 鷺宮区民活動センター運営委員会では「鷺宮文化村委員会」を立ち上げて、地域ゆかりの文化人の記録や事績を調べて記録するという事業を始めました。健在の方、故人を合わせ40人以上の文化人を探し出しているそうです。11月から鷺宮図書館にそうした文化人の著書や資料などを展示する「鷺宮文庫」がオープンしています。

 この取り組みを紹介すると、他の地域の方も口々に、「うちの地域にもこんな人が…」と教えてくれます。日本の近代化が定着して、いち早く都心で働く人のための住宅地となった中野区には、人口とともに「文化」も集積したのです。その時代の人間の物心両面の活動成果が文化だと言われます。その土壌となる地域には、目に見えない豊かさが蓄積されてきました。文化が育まれるまち。そんな誇りを大切にしたいと思います。
                                                  
                                        (文中敬称略)